生きがいを見失うのは社会に生きがいの価値を見出そうとしているから

Fラン卒

正社員経験約3ヶ月

フリーターやらニートやら

精神疾患を患って抗うつ薬を飲んで

30歳にして生活保護

過眠症で1日の半分以上を睡眠に費やす日々

文字に起こすとなかなか終わっていると自覚できるわけでして

そんな社会のお荷物的人間でありながら

過去自分の存在に絶望した時もありながら

今はどうかというと以外と平気に暮らしているのである

平気というのは毎日の精神状態というか

自分の人生や日常に絶望を抱えて生きていないという

実感があるということでして

もちろん生活保護は皆さんの税金から賄われているわけですから

そこへの感謝は常に感じながらです

で、少ない活動時間の中で何をしているかをいえば

読書したり

絵を描いたり

詩や小説や短歌を書いてみたり

散歩したり

と書くと何やら丁寧や暮らしをしてると思われるが

YoutubeやSNS見てダラダラ過ごすことも当たり前にあるし

たまにお菓子やジュースやカップ麺なんかを接種して

血糖値スパイクでゲロゲロになる日もある

で、まあやっぱり生き方というか生活を見てても

お荷物感がにょきっと顔を出す私ですが

じゃあなんでそんな開き直るというか

割と自分の人生を生きれてるのかと

考えると

社会的にすでに死んでいるから

だと

仕事を辞めて、完全に生活保護だけで

暮らしていくってなった時に

やっと仕事のつらさから抜け出せると思ったと同時に

社会的に自分は死んだんだと思ったんです

そしたら

まあ別にいいかと

なんというか自分のことに対しての

社会的な価値とか存在価値とか

もうないようなものだから

気楽に生きようと思えるようになったというか

今ある体も

遅かれ早かれ死ぬしな〜

自分の意思で死ぬのか誰かに殺されるのか

事故や災害に巻き込まれるのか知らないけれど

と、そんな感じで

今まで続けてきた読書だったり

新しく始めた創作活動だったりしながら

今に至るといった感じ

何かを始めることへの抵抗というか

不安みたいなものがあまりなくて

別の記事で思い立ったが吉日が最強や〜みたいなこと書いたけど

一回死んでみると生きがいというか

過去とか未来とかじゃなくて

今、生きることを意識できるようになると思う

だから何かにチャレンジしてみて

最悪の最悪、死んだとしても

すでに死んでるみたいなもんだしなと思える気がしている

今取り組んでいることは別に今後の社会的な成功とか

何も考えてなくて

自分がやりたいと思ってただやっているだけ

なので

成功したら社会的に認められるとか

そういう社会に向けて取り組んでいないからこそ

生きがいなのかもしれないと思い

これを書いた次第です

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