基礎体力が落ちているもんだから
活発的に動いてなくとも疲れてしまう。
寝起きにナッツとダークチョコレート、プロテインを摂取する以外は
晩御飯まで腹に溜まるものを摂らないのですが
最近は夜ご飯を食べずに寝てしまうこともしばしば。
(ちなみに抗うつ薬は毎晩食後に取る必要がある)
というのが前置き。
生きることを除けばあまり物事が長く続かない自覚がある。
社会人になって一番続けた仕事も約3年間のアルバイト。
趣味の読書だって読まない時は数ヶ月だって空くことがある。
そのくらい毎日何かを続けるというのが得意ではないんだなと
思っています。
まあ飽き性にも良し悪しがあると思っていて
長続きしない反面、色んなことに興味関心が広がる
けど続かないもんは続かないので
強制されるとそれはそれでストレスが溜まる
人間関係もまた然り。
で、最近の自分は人生にも飽きているのでは?と思ったりしている。
まあこれに関しては飽きるからじゃあ生きるのをやめるかとは
ならないのだけど。
なんというか積極的に何かに打ち込むみたいなことが
生活の中であるかどうか曖昧になっている気がするんですな。
意識すれば読書するとか、散歩するとか
あるのだけど、過去の自分みたくよっしゃやったるで!みたいな
なんかスイッチをバチんと入れて何かに取り組むことが
あまりない感覚というか。
それは新鮮味が薄れているつまり慣れのフェーズといえばそうなのだけど
自分の中の葛藤みたいなうずうずしたものがなくなっているのは
どこか悟りを開いたような気もしなくもないけど
あれ、人生飽きてね?と思わなくもないんである。
体力の低下にともなって思考がそれに合わせているのかもしれないな〜なんて
思ったりもする。
生きてるってだけでまあ体力使うのよね。
で、飽き性を自覚して長年過ごしていると
あ、飽きてきてんなこれ。って気づくんだけど
別に飽きてる=悪いとはならないんですね。
飽きてる自分を受け入れていて、
いつかまた熱中ってとこまで行くかはわからないが
意識して取り組もう!って思える時がくるだろうっていうこともわかるから
(飽きてそのままやらずじまいということもあるけれど)
それまでのんびり待っとくか〜と
何かを待つことにも楽しみを見出せるようになります。
生きることにだって飽きることはあるよね
別にそれは悪いことだとは思わないな
世間的に見れば堕落と捉えられるだろうけど
傾斜になっている草原を
あ〜って言いながら転がり落ちていくのも
また一興でしょう。

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