炊飯器に野菜とかきのことか肉とか適当にぶっ込んで
水とオリーブオイルで煮込んだのを(ちなみにオリーブオイルはカークランドです)
最近食べたのですが
にんじんや白菜の甘さとか
鶏肉や舞茸の食感
味に富んだ時代だからこそ
たまに食べる素朴さがたまらなく美味しく感じましたという
前置き。
で、僕は日頃いつでも死んでいいという覚悟というか
気持ちを持って生活してます。
スティーブ・ジョブズがいうような
今日を人生の最後の日だと思って過ごせみたいな
頑張ってその日にできることをやりきるんだみたいなニュアンス
ではなくて
風呂に入ってる時とか、眠る前とか
まあ何気ないときにでも
今日で人生が終わっても
まあいいかな〜くらいの
のほほ〜んとしたものを感じながら生きてるんですね。
いつでも死を受け入れている状態と言いますか。
これは他者に対しても同様で
仲の良い人と今世では一生会えなくなるかもしれない。
そういう気持ちはいつでも持っていて
滅多に人と会うことはないんですけど
だからこそたまに過ごす好きな人との時間は
とても尊いものを感じてます。
で、そんな感じでいつでも受け入れる体勢だと思っていた
のですが
ふとまだ死にたくないかもな〜と思ったことがありまして。
それが何かというと
本ですね。
未読の本がまだまだ沢山、家にあるんですが
以前、本屋で衝動買いをした日がありまして
(というか本屋に足を踏み入れれば
買うつもりがなくても数冊は購入して店を出るという
なんというか幸福の呪いがかかっているんです)
その時にふと
「あ、まだ死にたくないかも」
と思ったんですよね。
ただでさえ積読本が家に沢山あるのに
それでも新しく本を買って
最近は電子書籍にも手を出してしまったもんだから
一冊読み終わるまでに新しい本が複数増えるっていう
積読の宿命から抜け出すハードルがさらに高くなってしまって。
とはいえ積読してる本を読み切るまでは
新しい本は買わないぞなんて
思ったところで買うのは目に見えているんです。
今まで読んできた本の内容なんて
隅々まで覚えているわけじゃないし
むしろ忘れていることの方が多いんだろうけど
活字に触れている時のあの恍惚とした感覚。
内容によって色とりどりの感覚を味わえずに
死ぬのはなんとなく後悔するだろうなっていう
非常に困った事態になってしまいました。
まあいざ死ぬ時になったら別になんとも思わないんでしょうけど
生きてる間はこの葛藤が続くと思うとモヤモヤしたりしなかったり。
1日に何冊も読み切れるほどの体力も集中力もないし
どうしたもんかな〜
と
思ったという話でした。

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