僕は内向的な人間です。
おそらく内向的、おとなしい、繊細と言われてきた人たちの中にも
この「考えすぎるな」っていう言葉に苦しめられた経験があるんじゃないかと思います。
これは言い方が「考えすぎなくていいよ、簡単に考えてみて」みたいな
優しい口調になったところで
クルーシオになったくらい。
闇の呪文には変わらないんよな〜。
今でこそ、考えすぎるような場面に出くわすことは減ったし
あまり時間をかけなくても結論を出せるようにはなったと思う。
もちろん油断はできないけれど。
おそらくこの言葉に一番苦しめられた時期は
小学校だったと思う。
そう、この学生時代において僕みたいな人間が一番苦しめられるのは
授業時間というタイムリミット。
国語の授業では毎回その日に勉強したひらがなの単語をいくつか記入して
提出するのだが、いくら考えてもわからない僕は
毎回のように先生に頼んで宿題として家に持ち帰っていた記憶がある。
しかも国語なんて週のほとんどに組み込まれているわけで
毎日のように課題が溜まっていた気がする。
地獄だ。
そして学年が上がった頃の作文。
こっれっがもう本当につらかった。
その授業時間全部を作文に費やす時もあれば
連日、作文を書く時間になる時もあったが
早い子はその日中にパッパと書いて提出するし
大体の子が提出期限を守っている中で
僕は一番最初のタイトルがかけずにペンを握りしめたまま
時間が過ぎていた。
(タイトルが統一されている場合は2行目に名前を書いて以下略)
静かな教室内を見回りする先生が
ペンに動きがない僕に優しく声をかける
「どう?なにか書けそう?考え過ぎなくていいよ」
これである。
高学年とはいえ、小学生相手に闇の呪文を使うなんて全く容赦ない。
こちとら打ち返す呪文はおろか魔法の杖をただ掴んでいるだけで
汗かいてるのに。
まあ子供の自主性を育てるみたいな名目もあったのかもしれないし
先生なりに何かしらヒントをくれていたこともあったのかもしれないが
当時の僕からしたら
先生から何か言われるたびにプレッシャーを感じてより頭が回らなくなっていた
ように思う。
他の子らというか他の人たちと違うのは
そもそも何について考えればいいのかがわからず
考え過ぎなくていいって言葉を聞くたびに
考え過ぎないようにするために考えるっていう
別の課題を自分に与えていたな〜と思う。
だんだん考えるってなんだ?みたいに
ゲシュタルト崩壊が起きて
例に漏れず授業内に終わらずに
泣く泣く家に持ち帰っていた。
この感覚はおそらく中学でもひきづっていて
まあ言わずもがな時間内に終わらない課題を
家に持ち帰ったからといってすぐに書き終えるわけもなく
提出期限が近づくたびに焦りはするものの
机の周りのものをいじり始めたり
昔のアルバムを手にとって過去に思いを巡らせては
時間が過ぎていき
結局、最終提出日の前日に徹夜して
眠気で体が限界になった頃にようやく
もうこれでいいやっていう踏ん切りがついて
ひどい文章でも枚数だけはなんとか書いて提出していた。
自分は完璧主義というか
しっかりしたいっていう漠然とした気持ちは
当時からあったのかもしれないけど
それよりも単純に思考する能力が低かった。
というか時間がかかった。
いい変えれば時間をかければ書けるし、できるのだ。
けれど生徒は学校のペースに合わせなければ
いけないわけで
求められる学校のスピードに追いつけなかったために
自分はダメなんだっていう自己評価の低下に繋がっていたんだろうなと
思います。
ちなみに高校に入って作文の課題が出た時は
通っていた個別塾の先生が代筆してくれてました。(ありがてぇ〜)
書きながら思い出したのですが
これ美術の授業でも同じ現象がありました。
放課後に居残りで作品を作った記憶がうっすら、、、
頭を使うことに慣れてなかったというか
どう考えて、どう解釈すればいいのか
もっとわかりやすく言えば
?を投げかけて!を得るみたいな(抽象的過ぎました)
自分に疑問を投げかけて答え(あるいは考え)を導き出すっていう
ステップを理解していなかったんだと思います。
これって誰が教えてくれるんですかね?
先生?親?
自分で経験を通して見つけるもの?
当時を振り返れば
先生がまるっきりついていなくてもいいから
5分とか3分とかでもいいから
一緒に答えを導くことをしてくれてたらとかおもってます。
でもこの経験があったことは
フリーターになって後輩へ教える立場になった時に
すごく活きましたね。
自分と同じように周りと理解スピードに差がある人には
その人に合わせたアプローチを意識してました。
もしかしてそんな未来を予期して学校の先生たちは僕に
そんな言葉を投げかけていたのかもしれないというのは
テキトーな解釈です。
まあそんな感じで今日まで歳をとっていたものですから
社会の仕組みに人生を合わせ続けるポテンシャルは
どこかにまるっと落としてしまいました。
ただ自分は他人よりは時間はかかるが
時間をかければ大抵のことはできるって気づけたし
あれだけ作文に辛い思いして来たのに
今こうやって文章書いてるっていうのは
もう
何。

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