生きてることは偉いのか

自己肯定感を高めるための一つの方法というか

お手軽なワードとして

「生きてるだけで偉いよ」っていうのがある。

これは物事が上手くいかなかったり

自分の存在価値を見失いそうになっている時に

それでも最低限生きているのだからそれでいいじゃないかといったニュアンスで

使われる事がある。

が、個人的にはそんな簡単にしようしていいものでもないというか

自分が言われたらそれってどーなの?って思ってしまう。

というのは逆説的に考えた時に浮かぶ

死んだら偉くなくなるの?っていう疑問である。

そういうことを言いたいんじゃないというのは理解している上で

であるならば表現を変えたり方法を変えたりで

自己肯定感に変化を与えるほうが良いのではないかと思う。

生きてるだけで偉い=死んだら偉くない

っていうのはいずれ必ず死ぬ存在自体を肯定してはいないし

むしろ否定しているのではないかとも思う。

そしてこの疑問が浮かぶ根本は

偉いという言葉を使うことにあると思う。

これ、そんな簡単に日常で使える言葉ではないと思っている。

というのは

この言葉を簡単に解釈してしまっているから

立場が上であることが偉いとか

年齢が高いなら偉いとか

能力が高ければ偉いとか

劣っている人に威圧感を与えていいみたいな

よく分からん事が起きるのだと思う。

僕の中では

本当に偉い人は偉そうにしないだろうっていう考えがあって

その最たる例というかこの人以外は使う事ないだろうっていうのが

天皇家だと思っている。

まさに行動や言動でその責任や大義を示してると思う。

詰まるところ

生きてることは別に偉いことじゃないと思うし

生きる死ぬっていうことに優劣をつけるっていうのは

そもそも間違いなのではないかというのが

今、思うところである。

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