落ちるとこまで落ちると生きやすい。

これは僕が感じたことというか

今も感じてるんですけど

人は落ちるとこまで落ちると

肩の荷が降りるというか

いい意味で吹っ切れるんですよね。

生活は豊かではないにしても

心の安定というか

大抵のことを気にしなくてもいいんだっていう

自分の素直さを素直に認められる感じがするんですよね。

まあ側から見たら色々終わってる人ではあるんでしょうけども

それも気にならないくらいの

気持ちでおるわけです。

まずプライドがなくなります。

身近な人とくらべるみたいなこともないし

自分はそもそも劣ってるって思ったら

誰かの優れている部分に

卑屈になるどころかむしろ

称賛したくなります。

まあ相手からしたらこんな人間から褒められてもうれしくないで〜す

って感じだとは思うのですが

低〜い視線から素直な感性で物事を捉えるので

「うわ〜すげー!」っていう感情が出てきます。

感性の純度っていうか

濁りがなくなる感じですね。

そして今までの当たり前が当たり前じゃないというか

どんな人が生活保護者なのかなんていうのは

ぱっと見じゃわからんのです。

(別にホームレスではないですからね)

で、そんな自分が買い物行ったり

何かサービスを受けるってなった時に

丁寧な接客されると

めちゃめちゃ感謝したくなります

「うわ〜こんな自分にありがとうございます!」って。

まあ相手も仕事だし、自分も接客してたから

表面上の愛想だとしてもその言葉だけで

感謝したくなるんですよね。

これは別に高いサービスに限った話じゃなくて

スーパーとかコンビニで買い物するとか

たまーに誰かとご飯食べに行ったりするとか

日常に溢れてる人との繋がりみたいなものに

すごくありがたみを感じるようになりました。

「こんな自分に」って自虐的ですけど

別にマイナスなニュアンスではないです。

とにかく人に対して感謝したくなります。

なにしろ今こうやって僕が生活保護を受けて

生活できているのも

こんな気づきを発信できるのも

仕事が楽しくて働いている人や

やりたくもない仕事を仕方なくでも続けている人

沢山勉強してめちゃくちゃお金を稼いでいる人

色んな人が税金を納めているからです。

本当にありがとうございます。

そして人に感謝したくなるっていう外側の反応と

最初に伝えた

肩の荷が降りるっていう

内側の反応も変わります。

自分はダメだな〜って

しょんぼり落ち込むことも

落ちるとこまで落ちると

何も感じなくなります。

感情がフラットになります。

ダメだって落ち込む理由がなくなるんですよね。

ダメだと思ったところでダメなわけで

落ち込んでもしょうがないか〜って

遅かれ早かれ思い至るんです。

だから今の自分はまあこういう人間なんだよな〜と思いながら

何しよ〜かな〜って目の前のことに向き合うことができます。

未来の不安って誰しも抱えるじゃないですか

お金のこと、仕事のこと、家庭のこと

そういうことを考える次元じゃなくなるので

とにかく今できることに注力しようと思うんですよ。

で、生活保護って社会に復帰するまでのつなぎみたいな名目だったりするので

じゃあ今の自分からどうしたら社会に貢献できる人になれるかな〜って

未来に向けてポジティプに考えることもできるようになるんです。

何しても減るもんないですから。

別に社会に復帰できなくても

生活保護の仕組みをちゃんと機能してるよって証明するために

ただ生きるだけでも立派だと僕は思います。

もし何かしらの理由で

生活保護を受けられなくなって

もうどうしようもなくなったら

死ねばいいですしね。

で、これを書いてて思ったのですが

背水の陣って言葉あるじゃないですか。

これ以上後には引けないから決死の覚悟で取り組むみたいな。

でも別にそんなことしなくてもいいなっていう

素直に水の中にぽちゃんと落ちちゃって

浮いてそのまま流れに任せるのもいいし

泳いで自分の目標に向かっていくでもいいし

そのまま沈んでいったっていいし

っていう。

そんな気楽な気持ちでもいいんじゃないかと

思った次第です。

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